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先輩に聞こう!
第3回
女の子だって大丈夫!現役女子大学生が奨学生生活を語ります。(1/2)

● 氏名
蕪木 多実(かぶらき たみ)

● 生年月日
1983年9月28日

● 出身ASA
ASA青戸(東京都葛飾区)

● 通学校名
大正大学文学部表現文化学科4年在学中

● 出身県
新潟県
(2007年9月1日現在)


不安はありませんでした

■はじめに、なぜ新聞奨学制度を使って進学しようと思ったのか教えてください。

蕪木(以下 蕪): 私は高校を卒業してすぐに大学に入ったのではなくて、卒業後2年間地元に残っていたんです。実家が飲食店をしていたのでそこを手伝ったり、他でも働いたりして。
それで、そんなことをしているうちに、「また勉強したいなあ」という気になってきて、東京の大学に進学することを決めたんです。
地元にいるときも仕事はしていて、ある程度は貯金もあったので、「ここでがんばれば4年間の学費を全部出せるかもしれない」と思って、朝日奨学生になることを決めました。

■それで、朝日に決めた理由は?

蕪: 実は父が飲食店の経営のほかに新聞配達のアルバイトもしていたんです。それでそこの販売所の所長さんに、今の販売所の所長さんを紹介してもらいました。
あと、新潟県のアドバイザーさんにもお世話になりました。上京する前はアルバイトをしていて忙しかったんですけど、わざわざアルバイト先まで来て説明してくれました。

■女性で新聞配達をすることに不安はありましたか?

蕪: まったくないわけじゃなかったですけど、それまでもいろいろなアルバイトをしていましたし、それほど不安はありませんでした。

配達は団地の階段が結構大変でした

■実際に上京してからはどうでした?

蕪: はじめは公団が多い地区の担当になりました。一戸建てが多い地区よりは配達場所を覚えるのが楽でしたけど、階段の上り下りがあったので、そこは大変でしたね。
あと、配達は自転車だったんですが、新聞をたくさん積んで乗ることなんて、それまでやったことがなかったので、それも大変でした。土曜日の朝刊の折込チラシがすごく多いんですよ!
でも、これがお店の収入になって、ひいては私たちのお給料になるんだから、「ありがたいなあ」って思うようにしていました(笑)

■両立するにあたっての苦労はありましたか?

蕪: やっぱり時間のやりくりが大変でしたね。学校は3限が終わったらすぐに帰らないと夕刊の配達に間に合わないし…。どうしても4限以降の授業が取りたいときは、そこを休みにして受けていました。
でも、確かに大変でしたけど、授業は結構出ていましたし、単位もちゃんと取りましたよ。あと4単位で卒業できます。結構優秀ですよね!?(笑)