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先輩に聞こう!
第8回
途中であきらめていたら、今の自分はなかったと思います。

● 氏名
蔵野悠平(くらの ゆうへい)

● 生年月日
1989年9月8日

● 出身ASA
ASA小石川(東京都文京区)

● 通学校名
日本大学経済学部4年

● 出身県
山梨県(2011年7月現在)


最初の3カ月が大変でした・・・

■蔵野さんは山梨県出身とのことですが、東京で新聞奨学生をしようと思ったきっかけを教えていただけますか?

蔵野(以下 蔵): 両親が朝日新聞の販売所で働いていて、そこの所長さんからこういう制度があるということを教えてもらったのがきっかけです。
ASA銀座汐留

■ご両親から新聞配達の話は聞いていたとは思いますが、最初は
かなり不安だったのではないですか?

蔵:そうですね、かなり不安でした。野球を10年間やっていましたので、根性には自信がありましたが・・・。でも担当のアドバイザーさんが本当に良い方で、いろいろ細かい話まで教えてもらいました。不安がなくなった訳ではありませんでしたが、“覚悟ができた”という感じでしたね。

■実際、奨学生を始めてみてどうでしたか?

蔵:高校卒業後の3月中旬に上京しましたが、最初の1~3カ月は本当につらかったですね。朝は早いし、雨の日は特に大変でした。お客さんに怒られたこともありますし。また4月になると学校が始まるので、仕事と学校の両立がさらに大変でした。

■どうやって乗り越えられたのですか?

蔵:“自分で決めたことなのだから、4年間頑張ろう”と自分に言い聞かせました。あとは友達に相談したりしました。新聞奨学生をしている人って周りに自分が新聞奨学生だとなかなか言えなかったりすると思うのですけど、僕はあえて言うようにしていました。気を遣われて遊びに誘ってもらえなくなるのではないかとも思いましたが、そんなことは全くなかったし、逆にいろいろ助けてもらいました。

■3カ月を過ぎると仕事も学校にもかなり慣れてくるとは思いますが、その後も大変なことはありましたか?

蔵:僕はサークルに参加していたのですが、2年の秋にサークルの代表を先輩から任されました。でも新聞奨学生は自由になる時間が限られるため、サークルの運営で仲間に迷惑をかけてしまい、このままで良いのかその時はかなり悩みましたね。 でも、ここでも仲間に助けてもらいました。あと、大学は空き時間がけっこうあるので、そこを有効活用するようにして、代表としての責任を果たせるように努力しました。